誰も不幸にならない適正な『対価』って?


diamond.jp/articles/-/283863

参考記事

これは主観の感覚。(実体験をふまえた感覚。)

ここに書かれていることも大事だと思う。(100%賛成ではない。他にも考慮すべき見方が含まれていない。)

下妻の企業、、、

考えがここに到達する以前の次元の感覚で仕事してしまっている人(雇う側も雇われる側も)が、

かなりの割合でいる。

私は問題だと思う。

間違えなく、

今も未来においてもご自身とその周りの人を不幸にする。

変わっていく流れの中で、気づくか

そこに気づいて変わってほしい。

それができないと次の変化にいけない。

さらに置いてけぼりをくらう。

そんな街に人口の流入があるわけない。

地元のお話に触れてしまいましたが、

別の視点から述べてみましょう。

比較をした際に、

表面的に『安い』方が売れやすいというのは心理的に理解するが、

それにとらわれて、

販売や提供する側が

適正価格を見失い、適正な値入れができなければ、

健全な利益は得られない。

それが一所ではなく、

多くの場所、多くの人が行えば、

当然、

健全な利益を得られない方のほうが多くなるのは必然である。

ともすれば、

みんな仲良く貧しくなる選択をしてしまっていて、

かつ、

未だ多く人がそこの間違えに気づけていない。

というのが、

現状の日本といえる。

果たしてその先に

豊かな未来なんて訪れるのだろうか?

百歩譲って、

現状の好材料をあげるとすれば、

変わろう、変わらなければけないんだと思って行動に移してくださっている方が増えてきていることと、

それを許容しようとする姿勢を取ってくださる方が増えてきていることだ。

だか、

現状では不十分であると言わざるを得ない。

理由は、

世の中を見渡けば明らかであるように感じるが、

皆さんご人身としても、

間違えなくその余波を、

生活の中で感じる機会が少なからず生じていることでしょう。

思い当たる節が頭に浮かぶ方もすくなくないのではないでしょうか?

例えば、

預貯金が増えないか、減っているか、はたまたゼロである。という生活をしていらっしゃいませんか?

もしくは、

身近にそのような生活の状態の方はいらっしゃいまそんか?

払拭されない限りは、

好転の兆しを得られないと私は考える。

まずは知ること、

そのうえで考えることを

はじめの一歩を踏み出してほしいと

願う。

今回の文章は

大きな問題の一端に触れたに過ぎない。

もっと深い視点や

別の角度の視点から、

見解を表現する機会を以降も作って見ようと思う。(別投稿など。)

最後に考えてみましょう。

今日、

あなたは1日分の給与に対し、

それに見合うかそれ以上の仕事を

行えますか?

また、

その価格、対価は適正といえますか?

その中で

常識や一般などと比較する方法を取られる方に問いますが、

その常識や一般や普通や社会的に、

などというものは、

誰が正しいと決めたのですか?

それに答えを述べられますか?

これらを踏まえ、

『対価』というものを

見直してみるのもポジティブな変化の1つだと、

私は考える。

世の中のおかしさを正すきっかけとなる思考を巡らせてみるか、

何もしないという選択をするかは、

この記事を読まれた、あなた次第。


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